「この家を管理するのは、私の代で終わりです」
その言葉を聞いて、私は一瞬、返す言葉を探しました。
空き家の相談では、珍しい言葉ではありません。
「もう管理できません」
「遠くに住んでいるので……」
「子どもも戻ってくる予定がありません」
これまで、そんな言葉を何度も聞いてきました。
けれど、今回の相談者のMさんは、少し様子が違っていました。
「子どもたちに、この家を残したくないんです」
私は頷きながら、ノートにメモを続けました。
そして、Mさんは続けます。
「私も、それなりの年齢ですから。とにかく早く、この家を手放したいのです」
私は家の資料に目を落としました。
築年数。
建物面積。
固定資産税。
そして、現在の管理状況……。
そのとき私が気になったのは、物件情報ではありませんでした。
「なぜ、Mさんはそこまで急いでいるのだろう」
ということでした。
「お子さんは、この家のことをご存じなんですか?」

私は聞きました。
「ええ。知っていますよ」
「では、お子さんは、この家を将来どうしたいと?」
すると、Mさんは少し困ったように笑いました。
「……要らないと言っています」
「そうですか」
「子どもたちは、もう別の場所で生活しています。仕事もありますし、ここを使う理由もないんです」
そこまでは、よくある話でした。
今の時代、親が暮らしていた家を、そのまま子どもが引き継ぐとは限りません。
むしろ、「実家はあるけれど、住む予定はない」というケースは少なくありません。
でも、Mさんはそこで話を終えませんでした。
しばらく黙ったあと、
「でもね……」
と、小さな声で続けたのです。
「本当は、それだけじゃないんです」
私は、ペンを止めました。
「この家のことで、家族が一度、壊れたんです」

すると、Mさんは少しずつ話し始めました。
この家には、ご両親が長く暮らしていました。
父親が亡くなったあとも、母親は一人でこの家に住み続けたそうです。
問題が始まったのは、母親の介護が必要になってからでした。
子どもは三人。
Mさん。
遠方に住む長女。
そして、隣県で暮らす次男。
母親の介護が必要になったとき、最初は三人とも「できることは協力しよう」と言っていたそうです。
けれど、現実はそんなに簡単ではありません。
- 病院への付き添い
- 買い物
- 介護サービスの打ち合わせ
- 家の掃除
- 庭の手入れ
- 壊れた給湯器の修理
- 毎月の生活費
少しずつ、負担に差が出ていきました。
近くに住んでいたMさんが、どうしても多くを引き受けることになった。
長女は電話では心配してくれる。
次男も帰省したときには手伝ってくれる。
でも、日々の細かなことは、結局、Mさんのところに集まってくる。
ある日、Mさんが二人に言ったそうです。
「たまには、こっちのことも考えてくれよ」
すると、次男が返しました。
「じゃあ、兄さんが家も全部相続すればいいじゃないか」
その言葉が、空気を変えました。
「欲しくて相続したんじゃない」

母親が亡くなったあと。
三人は、この家をどうするか話し合いました。
Mさんは言いました。
「売ったほうがいいんじゃないか」
長女は「お母さんが大事にしていた家だから、しばらく残したい」と言いました。
次男は「残すなら、誰が管理するの?」と聞きました。
誰も答えませんでした。
そして、相続の話になると、もっと複雑になりました。
「お兄ちゃんが一番面倒を見たんだから、家はお兄ちゃんがもらえばいい」
長女がそう言いました。
するとMさんは「そんな簡単な話じゃないだろ」と答えたそうです。
「家をもらったって、維持費もかかる。売るにしても片付けなきゃいけない。古い家だから、修理だって必要になる」
すると次男が言いました。
「じゃあ、このまんま誰かにあげちゃえばいいじゃん」
Mさんはムッと黙りました。
そして、しばらくしてから、
「他人事のように言うが、じゃあ、お前が色んな手続きをやってくれるのか?!」
と言った。
長女も次男も静かになってしまったそうです。
結局――。
誰も悪くないのに、誰も納得できない。
そんな状態になってしまった。
一番つらかったのは、母親の言葉だった

さらに、Mさんはこんな話をしてくれました。
母親がまだ元気だった頃。
三人の子どもを前にして、こう言ったことがあったそうです。
「この家は、あなたたちの好きにしていいからね」
そのときは、誰も深く考えなかった。
でも、母親が亡くなったあと。
その言葉が、逆に三人の胸に引っかかるようになった。
「好きにしていい」
という言葉が、
「誰かが決めなければならない」
という現実に変わってしまったからです。
家を売れば「母親の思い出を捨てた」ような気がする。
残せば、誰かが管理し続けなければならない。
壊せば「ここで家族が暮らした証を消してしまう」ような気がする。
そのままにすれば、子どもたちの代へ問題を先送りすることになる。
どの選択をしても、誰かの心に引っかかる。
そして兄弟は、いつしか、家の話をすること自体を避けるようになった。
「あの家がなければ、喧嘩しなかったと思います」

Mさんは、そう言いました。
「そんなに大きな喧嘩になったんですか?」
「ええ……」
少し間を置いてから、Mさんは続けました。
「でも、本当は家が悪いんじゃないんですよね」
「みんな、それぞれ自分の生活があっただけです」
MさんにはMさんの生活がある。
長女には長女の家庭がある。
次男にも仕事がある。
そして、それぞれが親を心配していた。
だからこそ「自分だってやっている」という気持ちが生まれてしまう。
介護の負担。
お金の負担。
時間の負担。
そして、
「自分ばかり」
という気持ち。
それが少しずつ積み重なって、兄弟の間に見えない壁を作ってしまった。
私は思いました。
空き家というのは、家が空いているだけではない。
ときには、そこに残された家族の感情まで、空いた家の中に残っているのです。
そして、自分の子どもたちには……

「だから、この家を子どもたちには残したくないんです」
Mさんは、はっきりと言いました。
私は「お子さんたちも、そうおっしゃっているんですか?」と聞きました。
「はい。子どもたちは、私よりずっと現実的ですよ」
少し笑って、
「お父さん、この家を私たちに残すくらいなら、今のうちに何とかしておいてよって」
そう言ったそうです。
その言葉には、寂しさもあったと思います。
しかし、それ以上に、Mさんは納得しているように見えました。
「私ね……」
少し間を置いてから、Mさんは続けました。
「親から家をもらったときは、財産をもらったと思っていたんです」
そして、静かに首を振りました。
「でもね……」
「家をもらったというより、“宿題”をもらったんですよね」
私は、その言葉がずっと頭に残りました。
財産を残すことが、必ずしも優しさとは限らない

不動産の仕事をしていると「子どもに残してあげたい」という言葉をよく聞きます。
もちろん、それは親として自然な気持ちだと思います。
- 自分が苦労して手に入れた家
- 家族が暮らしてきた土地
- 思い出の詰まった実家
できれば子どもたちに渡したい。
でも、残された側からすれば、それが必ずしも「贈り物」になるとは限りません。
遠方に住んでいる。
仕事がある。
自分の家もある。
親の家に住む予定はない。
それでも、相続すれば所有者になる。
固定資産税もかかる。
管理もしなければならない。
売却するにも、兄弟との話し合いが必要になる。
そう考えると、
「残すこと」だけが親の優しさではないのかもしれません。
時には「自分の代で整理しておく」ことも、子どもへの大切な贈り物なのだと思います。
「まだ、間に合います」

私は、その家について一つ一つ確認していきました。
- 売却できる可能性はあるのか
- どこまで手を入れる必要があるのか
- 解体したほうがいいのか
- そのまま活用できるのか
- 土地として考えたほうがいいのか
もちろん、すべての空き家が簡単に売れるわけではありません。
古い家なら、雨漏りや傾き、設備の老朽化、境界、接道、残置物など、確認しなければならないこともあります。
だから私は「大丈夫です。すぐ売れます」とは簡単には言いません。
でも「この家を、次の世代に残したくない」という意思がはっきりしているのであれば。
その気持ちも含めて、家の行く先を一緒に考えたいと思っています。
Mさんは最後に、ぽつりと言いました。
「もっと早く相談すればよかったのかもしれませんね……」
私は答えました。
「そうかもしれません。でも、今からでも遅くないと思いますよ」
家を手放すことは、思い出を捨てることではない

実家を売る。
家を解体する。
土地を手放す。
こう聞くと、
「親から受け継いだ家を捨てる」
ように感じる方もいるかもしれません。
でも、私はそうは思いません。
家を手放しても、そこで暮らした時間までなくなるわけではありません。
柱に残った傷。
畳の跡。
庭に植えた木。
台所に残る小さな傷。
押し入れの奥に眠る、昔の家族写真。
そこにあった暮らしは、もう十分に、その人の人生の一部になっています。
だから、家を次の世代に残さないという選択があってもいい。
むしろ「子どもたちに負担を残したくない」という思いから家を手放すことは、一つの優しさなのかもしれません。
空き家と想いを継ぐ

Mさんとの話が終わり、私はもう一度、家の資料を見ました。
古い家です。
決して、誰もが欲しがるような物件ではありません。
でも。
私は、この家が嫌いではありませんでした。
長い年月、誰かの暮らしを守ってきた家です。
そして今度は、誰かに「負担」として渡される前に、次の行き先を考える時期が来ている。
私は、Mさんに言いました。
「お子さんたちに、この家を残したくないというお気持ちは分かりました」
でしたら――
私は資料を閉じました。
「あなたの空き家を、私が責任を持ってお預かりしましょう」
Mさんは、しばらく黙っていました。
そして「……それは助かります」と、小さく笑いました。
「どうか、お願いします」
そう言って、静かに頭を下げました。
私は思います。
空き家を手放すということは、ただ不動産を売ることではありません。
そこにあった家族の歴史を受け止め、その家が、次の誰かの人生にもう一度つながっていけるようにすること。
そして「この家を、子どもたちに残したくない」、そう決断した人の気持ちまで、きちんと受け取ること。
それもまた、私が考える「空き家レスキュー」なのです。
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