玄関のドアを開ける。
ギイッ、と古い音がした。
中に入ると、目に飛び込んできたのは、家具だった。
タンス。テレビ。座布団。使い込まれたソファ。中身がそのままの冷蔵庫。埃だらけの食器棚…
そして、誰かが長い年月をかけて集めてきた生活用品…
部屋の奥まで、物が残っている。
いわゆる「残置物」だ。
家を売ろうとしている所有者さんが、その光景を見ながらぽつりと言った。
「これ、全部片づけないとダメですよね?」
私は、少しだけ間を置いて答えた。
「必ずしも、そうとは限らないですよ」
所有者さんは、一瞬こちらを見た。
「え?」……
空き家を売却するとき、多くの人が最初に考えることがあります。
まず家の中を全部きれいにしなければいけない
でも、本当にそうなのでしょうか。
実は、残置物がたくさん残った状態でも、売却できる場合があります。
もちろん、何でもかんでもそのままでいいという話ではありません。
大切なのは
- 「片づけてから売る」のか「片づけずに売る」のか
- 誰に、どのような条件で売るのか
ここを間違えないことです。
私はこれまで、長野市を中心に、さまざまな空き家を見てきました。
その中には、家具も家電も生活用品も、たくさん残ったまま売買した家もありました。
今日は、そんな「物だらけの家」をどう考えればいいのか?をお伝えします。
家の中にあるのは「ゴミ」だけではない

空き家はどうしても「物が多い」ところに目が行きます。
しかし、よく見ると、それは単なるゴミの山ではありません。
古いアルバム。子どものプリント類。昔の写真。大切に使ってきた鍋。何十年も前の時計。茶碗。季節の飾り…。
押し入れの奥には、布団が何組も眠っている。
「これは処分するのが大変だな」
不動産屋として、そう思うこともあります。
でも同時に「この家では、何十年も家族が暮らしていたんだな」とも思います。
残置物という言葉は、とても事務的です。
でも、その一つひとつには、誰かの生活がありました。
だからこそ、所有者さんにとっては、片づけること自体が大きな負担になることがあります。
- 「親が亡くなったばかりで、まだ手を付けられない」
- 「遠方に住んでいて、何度も長野市まで来られない」
- 「仕事をしながら、家一軒分の荷物なんて片づけられない」
- 「そもそも、何を残して何を捨てればいいのかわからない」
これは珍しい話ではありません。
「売る前に片づける」が、実は大きな壁になる

空き家を売ろうと決めた。
不動産会社に相談する。
査定をしてもらう。
ここまではいい。
ところが、その先で突然、巨大な壁が現れます。
「まず残置物を処分しましょう」
もちろん、場合によっては正しい判断です。
しかし、ここで問題があります。
一軒家の中にある物を全部処分するとなると、簡単ではありません。
- 家具を運び出す
- 家電を処分する
- 衣類を分別する
- 本をまとめる
- 食器を処分する
- 仏壇はどうする
- 人形はどうする
- 庭の物置も確認する
- 倉庫も見る
- 屋根裏も見る
- 押し入れも見る
そして、それらには費用も時間もかかります。
所有者さんが高齢であれば、自分で作業することも難しいでしょう。
遠方に住んでいれば、なおさらです。
その結果、「片づけが終わらないから、売却の話も進まない」ということが起こります。
私は、ここに一つの問題があると思っています。
売るための準備が、売ることそのものを止めてしまっている。
これは、もったいないことです。
では、本当に「そのまま売る」ことができるのか?

できます。
ただし、条件があります。
まず、買主がその状態を了承していること。
そして、売買契約の中で、残置物をどうするのかを明確にしておくことです。
例えば「室内の家具や家電などは残したまま引き渡す」という条件で買主が購入するケースがあります。
買主側が「自分で片づけるから、そのままで大丈夫」と言ってくれれば、売主さんがすべて処分する必要はありません。
むしろ「残置物があることで安く買えるなら、その方がいい」という買主もいます。
ここが面白いところです。
売主さんにとっては「不要な家具」。
買主さんにとっては「処分すればいいだけの物」。
価値の見え方が違います。
もちろん、すべての買主がそう考えるわけではありません。
だからこそ、残置物がある状態でも買ってくれる人を探す。
これも不動産売却の一つの方法なのです。
「全部捨ててから売る」が正解とは限らない

私は空き家を見るとき、よく考えます。
「この荷物、本当に今すぐ全部捨てる必要があるのだろうか?」
もちろん、明らかなゴミや危険物などは別です。
腐敗しているもの。衛生上問題があるもの。危険なもの。
そういったものは適切に処理しなければなりません。
また、相続した家なら、重要書類や貴重品などを確認する必要もあります。
しかし、それ以外の家具や家電などについては「買主がそのままでいいと言っているなら、無理に空っぽにする必要はない」という選択肢もあります。
ここを知らないと「売るために何十万円もかけて片づけた」ということになりかねません。
そして、その費用をかけたからといって、必ずしも売却価格が大きく上がるとは限りません。
古いタンスの向こう側に、買主が見える

ある空き家の中で、私は古いタンスを見ました。
大きなタンスでした。
おそらく、その家に住んでいた人が長年使っていたのでしょう。
所有者さんなら「こんなもの、誰も欲しくないですよね」と思うかもしれません。
でも、買主の立場になって考えてみます。
「この家を買って、自分でリフォームしよう」
そう思っている人なら、タンス一つくらいは問題にしないかもしれません。
むしろ、
- 「自分で片づけるから、その分、購入価格を抑えてほしい」
- 「タンスをモダンにリメイクしたい」と考えるかもしれません。
そんな風に考える人もいるのです。
不動産売却では、売主さんにとっての「面倒」が、買主さんにとっての「許容できる条件」になることがあります。
ここを理解すると、空き家の売り方が変わってきます。
残置物を「欠点」ではなく、売却条件として考える

例えば、広告を出すとき。
「室内に大量の残置物があります」だけでは、少しネガティブな印象です。
もちろん事実を隠してはいけません。
でも「残置物は売主負担で全部撤去します」という売り方だけが答えではありません。
「残置物は現況のまま引き渡し。買主にて処分」
という条件も考えられます。
その代わり、価格を抑える。
あるいは「DIY・リフォーム向け」として紹介する。
つまり、残置物をどうするかまで含めて、商品として設計するのです。
ただし、「そのまま売る」には注意点もある

ここは誤解しないでください。
「残置物がある家でも売れる」
と、
「何でも放置したまま売っていい」
は、まったく違います。
まず、売主と買主の合意が必要です。
- 何を残すのか
- 何を処分するのか
- 家具はどうするのか
- 家電はどうするのか
- 庭の物置はどうするのか
- 屋外の物も含むのか
こうしたことを曖昧にしてはいけません。
売買契約では、引渡し時の状態や残置物の扱いを明確にしておくことが重要です。
「そんな話、聞いていない」となれば、せっかくまとまりかけた売買がトラブルになる可能性があります。
不動産は「言った」「言わない」ではなく、きちんと確認して契約内容に反映する。
ここが非常に重要です。
一番もったいないのは「片づけられないから売れない」

私は、空き家の相談を受けるとき、この言葉を何度も耳にします。
「片づけることができないから、まだ売れないんです」
でも、本当は逆なのかもしれません。
売る方法を先に考えれば「片づけなくても売れる方法」が見つかる可能性があります。
もちろん、物件によって答えは違います。
全部片づけた方がいい家もあります。
一部だけ片づけた方がいい家もあります。
そのまま売った方がいい家もあります。
だから私は「空き家だから、とりあえず全部片づけましょう」とは考えません。
まず、
- 「この家を買う人は、どんな人なのか?」
- 「どうすれば、この状態でも次の人につなげられるだろう?」
を考えます。
これが、空き家を扱う不動産屋としての仕事なのだと思っています。
長野市の郊外なら、なおさら「買う人」を考える

長野市の中心部なら、土地としての需要が見込める物件もあります。
しかし、郊外に行けば話は変わります。
古い家。
広い土地。
駅から離れている。
残置物が大量にある。
庭も手入れされていない。
そんな物件を、普通の住宅購入者だけに向けて広告していたら、なかなか反応がないかもしれません。
そこで発想を変えます。
- 「古民家として使いたい人はいないか」
- 「DIYしたい人はいないか」
- 「田舎暮らしをしたい人はいないか」
- 「広い庭を使いたい人はいないか」
- 「建物を自分で直すことを楽しめる人はいないか」
- 「土地として活用したい人はいないか」
家を見る目を変える。
広告を見る人を変える。
売り方を変える。
それだけで、同じ家でも意味が変わってきます。
「この家、片づけてないけど売れますか?」
もし今、長野市に空き家を持っていて、
家具が残っている。
家電が残っている。
布団も残っている。
衣類も残っている。
物置にも荷物がある。
そんな状態なら。
どうか「片づけ終わるまで売れない」と決めつけないでください。
まず相談してみる。
その家を見てもらう。
残置物の量を確認する。
建物や土地の状態を見る。
そして、
- 全部処分するのがいいのか
- 一部だけ片づけるのがいいのか
- 残置物を残したまま売る方法があるのか
を考える。
それだけでも、選択肢は変わります。
空き家の売却は、掃除から始まるとは限りません。
「この家を、次に誰へつなぐのか」
そこから始まることもあります。
家の中に残っているのは、ただの家具ではありません。
そこには、誰かの暮らしが残っています。
そして、その暮らしの跡を全部消してしまわなくても、次の暮らしは始められるかもしれない。
大丈夫です。
まずは、そのままの家を見せてください。
そこから一緒に、売り方を考えましょう。










